ほんの少しだけ角度を変えて
2012年5月21日金環日食記念SS
 

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♪ 瑠璃色の地球/松田聖子 ♪
 

「ん?」
 
夜中の空気を追い払うために窓を開けた蒼子は
いつもと違う朝に気づいた
 
そしてチカリと目を刺激する太陽の姿に
蒼子は今日が何の日かを思い出した
 
(そうか、今朝だったわね)
 
昨日の夜
寝る前のニュースでも言っていたのに
 
何気に楽しみにしていたのに
 
すっかり忘れていた自分が可笑しくなって
蒼子はテレビ台の上に置いておいた時計を見た
 
あと少しで7時
 
休み返上で働いていた彬は重役出勤予定
だからこの家はいつもより遅い朝を迎えていた
 
(んー…流石に起こしたら怒るかしら)
 
自分に甘い恋人だと分かっていても
 
昨夜彬は挨拶もそこそこにベッドに沈み込み
呼吸しているのか不安になるほど死んだように眠っていた
 
(でも…)
 
約930年ぶりの天体ショー
そんなロマンチックなイベントはやっぱり二人で過ごしたいから
 
「濃い珈琲を淹れよう、うんと濃いやつ」
 
外は晴れているのに
いつもより暗い朝のリビングに珈琲の香りが混じる
 
非日常と日常が溶け合う静かな時間
 
「さて」
 
熱い珈琲を大きなマグに入れて
布団の海に埋もれ夢を見ている王子様のもとに向かう
 
…カチャリ
 
遮光カーテンが作り出す朝独特の薄暗い空間
 
かすかな空気の動きに揺れたカーテンの裾からは
朝の陽の光が舞い踊る
 
コトン
 
ベッドサイドボードに珈琲のマグを置いて
 
「彬」
 
彬が眠るベッドに腰掛け優しく声をかける
 
起こしたい気持ちと
申し訳ない気持ちが合わさった小さな声で
 
「………」
 
びくりとも動かない
 
敏い彬はいつもは起きるのに、と蒼子は考える
 
(やっぱり疲れているのね…寝させてあげよう)
 
太陽観察用のメガメは無いし
テレビのニュースで見ればもっと大きな太陽が見られるし
 
「うん」
 
一人納得して蒼子は立ち上がろうとした
 
「え!?」
 
最後までベッドについていた手を取られ
クルンッと回る視界
 
ボフンッ
 
衝撃で舞った埃が漏れて差し込む太陽の光に反射した
 
「…彬」
 
少しだけ乱れた前髪の間から見えたのは
悪戯が成功した少年のような彬
 
「起きてたのね」
「賑やかだからね」
 
同じマンションの住人だろうか
 
普段は静かなのにベランダから外に出てきているのだろう
多くの家族の声が外から微かに聴こえる
 
「耳がいいんだから」
 
音は空気の振動
風を司る白虎の彬の守備範囲
 
呆れた蒼子に微笑みかけて
彬は蒼子の頬に優しく口付けた
 
「渡したいものがあったからね」
「渡したいもの?」
 
首をかしげた蒼子はすぐに手の違和感に気が付いた
右手の薬指が硬いものに通される
 
「…んもう」
 
意外にも彬はプレゼント魔で
ことある事に蒼子にプレゼントを贈る
 
「俺がプレゼントを贈る楽しみは蒼子へにしか味わえ無いからな」
 
抱えきれない程の愛情と
ここ暫く忙しくて放っておいたことへの謝罪もこめて
 
「ありがとう」
 
蒼子が右手で彬の頬を撫で
優しく笑うとその頬に口付けた
 
金色の捻じれた輪が蒼子の指を彩る
 
「やっぱり蒼子にはピンクゴールドだったな」
「金色の指輪。 まるで金環日食のようね」
 
その頃
 
空の上
宇宙規模の金色の指輪が地球に向かって贈られていた
 
「奇跡に」
 
彬は蒼子の唇に近づける
 
930年ぶりの奇跡
 
太陽と月と地球
意外にもあまり一列に並ぶことが無いという
 
その奇跡を生むのは
ほんの些細な地球の傾き
 
「上手くいかないことがあったらさ」
 
彬は体を起こし
蒼子の体を腕の中に閉じ込めた
 
突然遠くを見るような眼をした彬に蒼子は首を傾げる
 
「立ち止まってちょっと角度を変えるんだ」
 
ー お呪いよ ー
 
幼い日のことを彬は思い出した
滅多に顔を合わす事ない母との久しぶりの会話
 
いつも華やかな女性(ひと)で
人生を謳歌していた
 
「素敵なお母様だったのね」
「西園寺の型にはまらない人だったよ」
 
母の思い出は何かと面白いことばかりで
 
一見煙たがれるような行動をしていても
何故か好かれる人だったと彬は思い出した
 
その証拠に彬は母親と滅多の過ごすことはなくても
憎むことなく好きだった
 
ー 嫌な人と出会ったらね。ちょっとだけ角度を変えてみてみるの ー
 
あれは厳しい先生に怒られて彬が泣いていたときのこと
悔し泣きをこらえる彬の脇で母親が笑っていた
 
「自分の見たいように、相手の見せたいように見るんじゃなくて」
 
角度を変えて新たな視点で
そうすれば必ず発見があるから
 
ー それは彬を幸せに導いてくれるわ ー
 
「そう」
 
母親の明るい声と蒼子の穏やかな声が混ざり合った
 
(そう…さ)
 
鬼は悪だと
鬼は敵だと教えられてきたけれど
 
出会って見つけた運命の恋
 
正面からだけじゃ解らなかった
ほんの少しだけ角度を変えて見てみつけた真実
 
蒼子の優しい
人間よりも人間くさい性格と
 
愛おしいと
誰かを心から想う自分の心
 
「この奇跡に感謝、だな」
 
彬は小さく笑うと
蒼子の指で光る金環に優しく口付けた
 
 
ー END ー
 
 

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【あとがき】
急遽の殴り書きSSですが
本日の金環日食を記念したSSです
 
作中に出てくる傾き5度の話はラジオの受け売りで
本当かどうか自分でも確かめていません
 
私の住む仙台では残念ながら金環ではなく部分日食でしたが
世紀の天体ショーであることは変わりなく
 
今朝はどこかウキウキした朝でした
(うちのベランダから太陽が見えたら猫たちにも見せれたのに)
 
上手くいなかいこと云々は最近の私のことです
何をしても失敗ばかりで、今日もまさに
 
正直落ち込みます…(泣)
 
でもめげずに
少しだけ立ち止まって深呼吸して
 
ほんの少しだけ角度を変えて
心機一転、新しいアプローチで明日も頑張ろう!!
 
ある意味これは誓いのssですね
 
気に入って頂けることを切に願います
ではでは
 
2012.5.21
naohn
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