Wiskey Bon Bon
2012年Valentine's Day SS
(こつぶ様リクエスト)
 
web拍手 by FC2
 
♪ Chocolate Mood / Marc Nelson ♪


「えっと…あとは……」
 
 朝からキッチンで忙しそうに働く香を見ながら
窓ガラスから入る冬の風を僚は顔に受けていた
 
(ああ…甘ったるい)
 
部屋中に充満するチョコレートの香り
カウンターに居並ぶ小さな無数の袋たち
 
 
"日頃お世話になっているから"
 
昨日買い込んできた大量の徳用チョコレート
理由を問いただせば『日頃の礼』に知人友人に配るとか
 
(俺の稼ぎが使われていると思うと腹立たしいな)
 
幾ら手作りで安上がりと言っても
大量にあれば数の勝利、費用は掛かる
 
日頃赤貧だと煩い香
日用品の買い出しで10円さえもケチる女
 
しかしこういうとき
恩義とか義理とか関わるときは大枚をポンッと払う不思議な女
 
義理チョコ
友チョコ
 
(…俺の分も皆と同じじゃん)
 
紆余曲折遠回りし続けて
やっと恋人同士になった二人
 
恋人になって初めてのバレンタイン・デー
 
(別に、期待してたわけじゃあねえけどさ)
 
誕生日だクリスマスだと
日本人らしくイベント大好きな香
 
今回のバレンタインデーも騒ぎになることは予想していた
 
 
「よっと」
 
反動をつけて僚は立ち上がり
キッチンで忙しく立ち回る香の後ろに立って
 
「わっ」
「……あめえ」
 
湯煎して融かしたチョコレートのボウルに指を突っ込み
付いてきたチョコレートを舐めて甘さに眉を顰める
 
「もう、汚いなぁ…」
 
呆れたような目で振り返る香
 
「それに甘いに決まってんじゃん、チョコレートだもん」
 
「俺、甘いの嫌いだけど?」
「知ってるよ?」
 
キョトンと首を傾げた香は無邪気に爆弾を落とす
 
「まあ、別に僚のじゃないから良いじゃん」
「…!!??」
 
"俺に、じゃなければ誰に作ってんだよ!!??"
 
喉から飛び出そうな言葉は口腔への入口でストップ
 
素直にそんなことが言えれば苦労しない
天性の天邪鬼
 
「そりゃあ良かった」
 
口から飛び出るのは素直じゃない言葉
 
「僕ちゃん、チョコレートの予約一杯入ってるし」
 
今夜出かける予定なんて無かったのに
 
馴染みのキャバクラの名前と
贔屓にしているキャバ嬢の名をあげる
 
(ああ…俺、何やってんだろ)
 
態度とは裏腹にため息満載の僚の内心
 
「ふうん、気を付けて行ってきてね」
 
気にもかけやしない恋人に僚は内心舌打ちし
そんな我侭な自分に自嘲した
 
***
 
「た〜だいま、っと」
 
宣言通りキャバクラ巡りをしてきた僚
 
"僚ちゃん、これ"
 
義理とは口で言いつつも
気合の入ったラッピング
 
頬を染めて手を震わす若い女性に僚は苦笑する
 
"わりいな、僕ちゃん甘いものだめなの"
 
好意に応えることは出来ないし
応える素振りをするほど優しい男ではない
 
結果僚のジャケットを膨らますチョコレートは
全てママたちからのもの
 
"香ちゃんと食べて"
 
そう言って渡された箱を見れば
香の好きなブランドのチョコレート
 
キャバクラで飲んで騒ぎたい気分でもなかったし
チョコレートの匂い立ち込める自分の部屋に変える気分でもなかったし
 
 
"いらっしゃい"
 
隠れ家のバーに向かいウイスキーグラスを傾けた
 
程よい時間
程よく酒の匂いを漂わせて帰宅する
 
「お帰り、早かったね」
 
何故か薄暗いリビングに足を踏み入れれば
驚いた香が顔を上げる
 
「…珍しいな」
 
静かな部屋に流れるJAZZYな音楽
香にしてはちょっと渋い選曲
 
一度、二度換気したのか
チョコレートは微かに香る程度で甘さは無い
 
「何か良いなこういうの」
「でしょ……って、煙草吸わないでよ」
 
匂いが消えちゃうと香が抗議し
僚は無遠慮に紫煙を吐き出した
 
暖房費をケチっているのか
寒い部屋の中で体温を帯びた煙は舞い上がり渦が巻く
 
仄かな煙草の火が照らす男の端整な顔立ち
音楽に合わせる様に舞う紫煙
 
窓から差し込む新宿の光り
リビングの床に伸びる香の影
 
 
パアッ
 
外を車が勢い良く通ったのか
外からの生活音だけがこの部屋に持ち込まれる現実
 
静かにしなくてはいけないわけではないけれど
静かにしたくなる何処か厳かな雰囲気
 
 
「…何だ、こりゃ?」
 
沈黙を破ったのは僚の疑問符
男らしい無骨な指が示したのは四角い白いプレート皿
 
ちょっと歪な黒い塊
 
「試作品。 やっぱり失敗しちゃった」
 
ペロリと舌を出した香
ソファの背もたれに腕を伸ばし隠れていた瓶を取り出す
 
「…美味く出来るかな、って思ったんだけど」
「ああっ!! 俺のとっておき」
 
ミックとの賭けでもらった18年もののウイスキー
特別な時に少しずつ飲んでいたお気に入りの酒
 
「一気に無くなってやがる」
 
琥珀色の液体は瓶の中程まで減っていた
 
「だってさ…僚甘いものが嫌いだし」
「…ん?」
 
「このお酒なら僚好きだし」
「成程…ウイスキーボンボンか」
 
僚は笑って皿に手を伸ばす
大きくも無く小さくも無いのを選び口に放り込んだ
 
 
「…まあ、不味くはないが」
「そう?」
 
「しかしなぁ…ウイスキーは何処に消えた?」
 
僚の舌と味覚が感知したのは
中身が空っぽのチョコレート
 
「上手く器にならなくってさ…穴から漏れちゃった」
「……で?」
 
「捨てるのは勿体ないし…」
「だろうな」
 
僚の眼が高級そうなラベルを撫でる
 
「かといって失敗品を僚に飲ませられないし」
 
にこりと微笑んだ香
 
いつもよりも何処か気が抜けたような笑顔
赤く火照った頬
 
「…お前が飲んだのか」
「えへへ、証拠隠滅???」
 
「隠滅するならキッチリ隠蔽しろよ」
 
ケラケラと笑う酔っ払いを抱き上げる
きゃあっと陽気な声をあげる香に呆れて二階に向かう
 
 
「僚〜」
 
黒いシーツを敷いた大きなベッドに香の身体が沈む
 
「何だよ」
 
また酔っ払いの戯言か、と
呆れたようにベッドを見返せば
 
布団から顔を出し微笑む香
 
「ごめんね、チョコレート…失敗しちゃった」
 
"皆と一緒じゃやっぱ嫌でさあ"
 
"出来ると思ったんだよねぇ、簡単そうだし"
 
ブツブツと可愛い言い訳
僚は緩む口を制するのに苦労する
 
 
(…ん?)
 
寝室の香りに気付いた僚は
嗅覚に集中する
 
漂ってくるのはウイスキーと
チョコレート
 
ウイスキーは香の身体の中から
チョコレートは香が纏う洋服からで
 
「あるじゃん」
 
僚はニヤッと笑ってベッドににじり寄る
 
「ウイスキーボンボン」
「え?」
 
理解できなかったのか香は目を見開く
 
「飛び切り美味しそうで、適温の」
 
キョトンとする香の顔に影が出来る
 
「いただきます」
 
シーツの衣擦れの音に混じる様に
リビングから消し忘れたジャズの音
 
むせび泣くようなトランペットの音がバレンタインの夜に漂い
 
消えた
 
 
- END -
 
 
web拍手 by FC2
 
 
【あとがき】
Valentine's Dayを過ぎてしまいましたが
こつぶ様からのリクエストSSです
 
♪ Chocolate Mood ♪は
こつぶ様のおしゃる通り甘々の曲で
 
大人っぽいサウンドなので
僚×香にぴったりでした
 
気に入って頂けることを
切に願っております
 
naohn
2012.2.16
inserted by FC2 system