主よ、人の望みの喜びよ
 
のだめカンタービレ
千秋xのだめ

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「先輩、そろそろ行きましょう」
 
雪降る深夜
 
結露する窓の外の風景に
腰が重くなる千秋とは対照的に
 
「早く、早く」
 
のだめはまるで犬のように
 
目をらんらん
手をぶんぶん振って千秋を呼んだ
 
その首元で揺れるのは
真っ赤なルビーのネックレス
 
(本当に首輪だな)
 
今は犬のように従順な風情だが
普段は猫のように気まぐれ気質
 
追いかけられてうんざりしていた筈なのに
いつの間にか自分から追いかけていた
 
自分の好みとはかけ離れた女の首を飾る
今まで自分が贈ったことがない装飾品
 
楽しそうに揺れる姿は
千秋の目を楽しませ
 
そんな自分が千秋には面白かった
 
「何を笑ってるんデス?」
「いや」
 
首を傾げるのだめに笑って誤魔化して
 
「もう少し温かい格好をしていけ」
「…これじゃ寒いでしょうか」
 
自分の着ている赤いコートを見下ろすのだめ
 
その頭の上に手を伸ばし
千秋が玄関脇のラックから取り出したのは
 
「うきゃ?」
 
真っ白なマフラー
  
「プレゼント」
「ふおおお」
 
のだめは嬉しそうに目を輝かせ
そんなのだめに千秋は目を細めた
 
耳に馴染んできたのだめの奇声
 
結構かわいいかも、なんて思ったのは
クリスマスの少し後
 
そして実感したのは
自分が変態の森の住人に完全になってしまったこと
 
「どうデスか?」
「似合ってるよ」
 
(それも悪くないかな)
 
そう思いながら
千秋はにっこりと笑い
 
「汚すなよ」
 
欧州人用に作られた長いマフラーの端を
両手を使って丁寧に結んだ
 
「暑いデス」
「外に出れば丁度いいさ」
 
そういう千秋は
いつもの薄手の黒いコート
 
一応中は黒のセーターを着ているが
白いワイシャツの襟が少しだけ寒そうに見え隠れしていた
 
***
 
(先輩はいつでも格好良いデスけど)
 
風邪をひいて欲しくないな
なんて思う今までの自分にはなかったこと
 
あまり周囲を気にしたことがなかったのだめ
一番大事なのは自分の感性
 
楽しければいいじゃない
そうやってずっと生きてきた
 
(そう言えば初めてデスよね)
 
何かを目指して頑張ること
 
成る様に成れば良いがモットーなのに
いつの間にか千秋の傍にいるために色々考えていた
 
そしてよく考えた
どうすれば一番千秋が幸せになってくれるか
 
「きれいデスね」
 
あなたは将来フランスのパリに行くでしょう
 
5年前なら
いや千秋に会う前の日まで
 
そんなことはあり得ないと鼻で笑っただろう
 
でもあの出会いが今の現実を招き
のだめは千秋と雪が降るパリの夜道を歩いていた
 
まもなく迎える新年用に飾り付けられた街路樹たち
通りは人で溢れていた
 
「逸れるなよ」
 
そういって伸ばされた黒い手袋をした大きな手
 
その手をじっと見て
のだめは千秋の顔を見る
 
(気づいてないデスよね)
 
少しだけドキドキする心
 
ずっと一緒にいるのに
千秋の部屋に押しかけることも多いのに
 
一緒にご飯を食べて
一緒に長い夜を過ごして
 
”うっそ、あんたたちって恋人同士じゃないの?”
 
同じアパルトマンの住人の
いつも恋に恋するロシア人の女の子なんて不思議がる
 
でも事実恋人ではない
 
(…んデスよね)
 
正直いまは解らない
 
この前のクリスマスから
少しだけ千秋が変わったように思えたから
 
のだめだって女の子
好きな人の変化はわずかでも感じる
 
「ありがと、デス」
 
優しい瞳に心をドキドキさせて
千秋の大きな手に自分の手をのせる
 
「何か」
 
少しだけ近くなった千秋の言葉に
跳ねる心臓
 
「何かお前がしおらしいと気持ち悪いな」
 
相変わらずの憎らしい言葉に
少しだけ安堵して今まで通りの反応をする
 
「ムキャー、失礼デスね」
 
こういうのは簡単だから
 
(恋人もどきの雰囲気は苦手デス)
 
のだめは足元にホッと白い息を吐いた
 
***
 
(面白い奴)
 
ただ手を繋いでいるだけなのに
照れくさそうに俯き少しだけ火照った頬
 
勝手に男の部屋で寛ぎ
あまつさえネットで大人なサイトを見てるのに
 
最初は正直慣れていると思ってた
何しろ初めて逢った日にお持ち帰りされたのだから
 
(まあ…あんな部屋じゃあソノ気になんてならないけど)
 
あの惨状を思い出しブルリと震えながら
千秋は隣ののだめを再び観察した
 
緊張で潤む瞳に少しだけ悪戯心が刺激され
繋いだ手の指を絡めるとのだめの体が震えた
 
その初々しい反応が千秋には嬉しかった
 
(俺も都合の良い奴だな)
 
今まで恋人にした人の過去の男なんて
気にしたことは一切なかった
 
正直な気持ち
多少世慣れているほうが千秋も気が楽だった
 
来る者拒まず
去るもの追わず
 
常に千秋を尊重してくれる大人な女性たち
そんな彼女たちとは真逆ののだめ
 
その彼女がとても愛おしく
何よりも大事な人に思えた
 
のだめの前ではいつもの『俺様』も通用しない
どこかで通用して欲しくないって思ってる
 
わがままが嬉しい
それは自分への期待の現れだから
 
(おかしなもんだ)
 
愛しさが芽生えたら
彼女の欠点も愛おしく思うのだから
 
(ただなぁ…)
 
「先輩、音楽が聴こえてきましたよ」
 
(俺はいつまで『先輩』なんだろうな)
 
少しだけ距離を感じてしまう
 
『先輩』
 
呼び名が切なく感じるなんて
 
(柄じゃねえ…な)
 
自分にそんな思いにさせる
ロマンチックな雰囲気が少し憎かった
 
***
 
「素敵デス」
 
聴きたいと我侭を言って連れて来てもらった
アパルトマンから少し離れたところにある教会
 
新年を祝う人で賑わう教会からは
厳かな雰囲気を漂わすパイプオルガンの音が響く
 
「もう少し早く来れば良かったデスね」
 
こんなに混むとは思っていなかったから
寒空の下で立ち尽くすことになるのは想定外
 
「まあ、こんなもんだろ」
 
初めてで戸惑うことが多いのだめに対し
世慣れた千秋は当たり前の様に受け入れる
 
(まるで初めてフランスに来たときみたいデス)
 
千秋の体はすぐ傍にあるのに
 
聴こえて来る音楽に
ロマンチックな異国の街に
 
千秋の心は溶け込んでしまっているから
 
寂しい
 
心細さに目が潤み
雪混じりの冬の夜風がさっと冷やした
 
***
 
「なに泣いてんだ?」
 
黙り込んだのだめが気になって
少しだけ屈みこんで顔をのぞいたら泣いていた
 
のだめのイメージと合わない
一つ二つと静かに涙を零す切ない泣き方
 
「どうした?」
 
のだめの泣く姿に心が痛む
どうやって慰めたら良いか解らない自分が嫌になる
 
女の子の泣き顔を見るのは
勿論初めてではないのに
 
こんなに戸惑うのは初めてだった
 
「な、何でもないデス」
 
同情を誘うような
媚びる泣き方をしてくれれば無視できたのに
 
「感動しちゃって」
 
強がりを言って
中途半端な嘘をついて
 
「嘘吐け」
 
寂しいと呟く瞳で見るから
 
「…え?」
 
時期尚早
 
解っていたけど自然と手が伸びた
頬をそっと撫でて優しく包む
 
「のだめ」
 
近づく唇
 
不意打ちとかじゃなく
今までにはないロマンチックな雰囲気で
 
「…せ、先輩?」
 
千秋を呼ぶ嫌いな呼称
 
唇に触れる
 
「………」
 
温かくて柔らかい手のひらの感触
 
***
 
「何で? 嫌?」
 
嫌かと聞かれれば答えはノー
 
好きな人とのキス
それもこんなロマンチックな雰囲気で
 
「あ…の……」
 
戸惑ってしまう
 
教会から流れる神聖な音が
空から降る天使の羽のような雪が
 
まるで結婚式のような雰囲気だから
 
「気紛れのキスは嫌デス」
 
心を揺すらないで
 
一年の変わり目
今は一番心が無防備な瞬間(とき)だから
 
***
 
「…”気紛れ”?」
 
思いもよらない事をいわれて驚く
 
気紛れでキスするような軽い男とでも思うのかって
千秋は怒りたくなったが
 
「何でまた泣きそうなんだよ」
 
(こっちが泣きそうだ)
 
キスを拒否された事実が心に突き刺さる
 
「先輩」
 
その傷を深く抉る呼び方
千秋は天を見上げて深くため息を吐いた
 
人の気持ちは難しいことを知っていた
 
父親はもちろん
母親の考えていることも解らなかった
 
歴代の恋人たちも皆同じ
 
(…でも)
 
もういいや、って
いつもなら此処で投げ出してしまえる
 
でも今回は諦めきれなかった
 
知りたい
千秋は初めてそう思ったから
 
「のだめ」
 
優しく労わる様に名前を呼んだ
 
***
 
「せ…先輩は……」
 
他人の考えることなんて興味はなかった
相手がどう思おうと構わなかった
 
自分が一番の理解者
自分のことは自分が一番知っていれば良い
 
でも初めて知りたいと思ったから
 
「のだめの…こと」
 
のだめは千秋を見上げた
 
「好き…デスか?」
 
***
 
「………」
 
今更何を、と正直思った
 
(…改めて言わなくても)
 
女はいつもそうだとため息吐きそうになって
自分を見上げるのだめの瞳にハッとする
 
(そっか…)
 
ストンと心に何かが落ちる
 
「言わなきゃ…解らないよな」
 
小さく笑って
のだめの額に自分の額をそっと当てる
 
のだめのことを知りたい
 
好きだから知りたい
そしてそれは一方通行じゃない想い
 
消える照明
新年までのカウントダウン
 
真っ暗な闇が勇気をくれるから
 
「のだめ」
 
自分も言葉で伝える
 
知って欲しいから
自分のことを
 
そして
受け入れて欲しいから
 
「好きだよ」
 
ゼロと同時に
灯りの中でのだめの瞳をしっかりと見ながら
 
***
 
「両想い?」
 
周囲で沸く歓声が遠くに聞こえる
夢のような一瞬
 
好きだといって好きだと言われた
 
「お前な…」
 
口に出して初めて実感する両想い
一気に頬が火照る
 
「自分で恥ずかしいこといって勝手に照れるな」
 
そういって文句を言う千秋の頬も真っ赤だから
照れてるんだなって判る
 
くすぐったい心
好きが大好きに変わる
 
「まるで新しい人生が始まったみたいデス」
「丁度良いんじゃないか?」
 
千秋が笑ってのだめの身体に腕を回す
 
「新年が始まったんだし」
 
ふわりと浮かぶ身体
びっくりしている間に大きく身体が一回転する
 
それでも視界に映るのはただ一つ
 
(こんな顔をして笑うんデスね)
 
嬉しそうに笑う千秋の顔
 
細いのに筋肉質の腕は楽々のだめを抱きとめて
吃驚がおさまる前に軽くキスされる
 
「せ…んっ」
 
二重の驚きに名前を呼ぼうとすると
一度目とは大違いの熱いキスが唇を塞いだ
 
***
 
「は…ふぅ」
 
甘い吐息がのだめの唇から漏れ
その艶やかさに千秋の心が揺れた
 
どうせならば、と
揺れる心の赴くままに唇を開く
 
「名前で呼べよ」
「…え?」
 
「せっかく新しい始まりなんだから、さ」
 
終止符が欲しい
 
これまでの一年に
今までの関係に
 
想い出が欲しい
 
新しい一年の始まりに
新しい関係の始まりに
 
「恵」
「し…んいち、くん?」
 
ぎこちない呼び名に千秋は笑う
そんな千秋にのだめは照れ臭そうに怒った目を向ける
 
「慣れて無いんデスよ」
「はいはい」
 
膨れるのだめの足を地面に戻し
離れる前に額にキスをする
 
「来年の今日を期待してるよ、恵」
 
どんな一年になるかは解らない
 
でも望みは一つ
 
「今年もよろしく」
 
新たな一年を君と二人で過ごしたい
 
 
ー END ー
 

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【あとがき】
 
新年明けましておめでとうございます
本年もよろしくお願いいたします
 
本SSは原作中の設定で
喧嘩したクリスマスから新年休みが明ける迄の
捏造物語です
 
♪主よ、人の望みの喜びを♪のイメージで
まぽ様から頂いたメッセージで作り上げた物語です
 
ー 幸せになりたい −
 
人が持つ奥底の望みを
きっと神は叶えてくれます
 
神に祈り感謝すること
 
それが神に力を与え
私たちに幸福を導いてくれます
 
手を伸ばした先にある幸せに気づくこと
これが人にできるただ一つのことなのでは無いでしょうか
 
2013年が皆様にとって良い年でありますように
心をこめて
 
A Happy New Year from naohn
 
2013.1.7
naohn
 
===
 
まぽ様へ
 
御父様のご冥福をお祈りするとともに
これからも宜しくお願いする気持ちをこめて
 
この物語をまぽ様に捧げます
 
2012.12.5
naohn
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