あなただけを
(まぽ様リクエストSS)
 

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「千秋君、今日は忙しいところどうもありがとう」
 
会社の正面玄関まで真一を見送った佐久間は
午後の3時を過ぎても湿気混じりの熱い空気に顔を顰める
 
「全く連日この暑さは異常だな」
「湿気さえなければ未だ良いんですけれどね」
 
欧州での生活が長い身には堪えます、と
嫌そうな顔で太陽を睨む真一に佐久間は苦笑した
 
「今回は二人で帰国だっけ?」
「アイツは純然たる休暇を満喫してますよ」
 
世界のピアニストと違って俺は万年セール中ですから、と
ぼやきつつも恋人と過ごす時間を真一も楽しんでいるようで
 
「二人揃って栄養補給だね」
 
好物は千秋真一、と
公言するのだめを思い出し佐久間は笑った
 
実際のところガス欠ならぬ千秋欠を起こしかけたのだめ
 
そんなのだめにエリーゼは慌て
故郷の空気と真一と過ごす時間(飴)を与えたのだった
 
***
 
「今日はここまでにしましょうか」
 
太陽に変わり月が空に浮かぶ頃
真一の言葉に全団員の口から安堵の息が漏れる
 
連日連夜恐怖の大王に扱かれていた彼ら
 
培った経験則と危機管理能力を活かし
手早く帰り支度をして安寧を求めて脱兎の如く去っていく
 
(・・・もう一章いけたかな)
 
そんな周囲を露知らず
 
真一はぱらぱら捲る譜面を見ていた顔を上げ
人気の無い練習場に肩を竦めると譜面を鞄にしまった
 
(折角だからのだめと飲みに行くかな)
 
練習場から出ながら
睡眠モードだった携帯電話を起動すると
 
 
Pirurururu Pirurururu
 
起こされた携帯電話が突然ぐずり
 
「・・・ゲッ」
 
液晶で踊る四つの漢字に真一はげんなりし
去っていく甘い予定を脳裏に浮かべながら電話に応えた
 
***
 
「千秋!」
 
そんなに手を振らなくても良く判るのに、と
ハイテンションの男の真向いの席に真一は座る
 
「何飲む?俺、ビール」
「赤ワイン」
 
任せとけ、と峰は真一の注文を店員の様に承ると
おやじ!、と景気よく父親に注文をする
 
「久し振りだね」
 
いつも笑顔の峰父
手際よく二人がつくテーブルに料理を並べる
 
中華飯店の様相に似合わない
洒落たアンティパストたちが目を楽しませる
 
裏軒らしい雰囲気に
のだめとの時間を邪魔された不満も熔けていった
 
「お昼にはのだめちゃんも来てくれたんだよ」
 
麻婆をたらふく食べて行ってくれたよ、と
峰父は笑って丁寧にデカンタしたワインをグラスに注ぐ
 
気心の知れた親友との食事は愉しかった
 
そして程よく酒が身体に回った頃
峰が『そうだ』と言って手を打った
 
「明日さ、お前ら花火どこで見る?」
「…何の話だ? 花火?」
 
峰はレンゲを口に含んだまま真一の後ろの壁を指す
首をかしげていた振り返れば黒地の紙に咲いた炎の華
 
「今年は清良の都合がついてさ、他の連中誘ったんだ」
 
食べていた炒飯を咀嚼した峰が説明をする
 
「んで、のだめも暇だろうから誘ったら」
「俺と行くって?」
 
「そう」
「…俺そんなの聴いていないけど?」
 
「みたいだな・・・・・んじゃ、誰と行くのかねぇ」
 
酔って調子が上がった峰が
にやぁと人の悪い笑みを浮かべ
 
「別の男とだったりして?」
「馬鹿言うなよ」
 
真一は一笑に付したが不安がにじみ出る
 
「あいつが浮気なんて…あり得ないだろ?」
「さあね」
 
恋愛対象として見たことないから判らない、と
峰は友達甲斐の無いことを言い放ち
 
「あいつにも恋の想い出の1つ、2つはあるだろ」
 
峰のからかい混じりの言葉はその後もずっと消えず
 
気分を晴らすため少し長めに夜道を歩いても
辿り着いた家でシャワーを浴びた後も忘れられなかった
 
 
「ふう」
 
濡れたままの髪に構わず
暗いままの部屋で月灯りが照らすベッドの上に仰向けに転がり
 
「…くそっ」
 
 ー 恋の想い出の1つや2つ ー
 
峰の言葉が浮かび
思い切り顔を顰めたとき
 
knock knock
 
深夜という時間の所為か
控えめなノックの音がした
 
「何だ?」
 
扉の向こうの相手が判る真一は
立ち上がると大きく深呼吸し
 
「真一くん、お疲れ様」
 
扉を開ければ案の定目の前にはのだめがいて
にっこり笑って充電〜と真一の身体にぎゅっと腕を回す
 
「皆と飲んで来たんデスか?」
 
くんくんと鼻を動かすのだめに
 
峰と逢うとは言わず
仕事といったことを真一は思い出した
 
ー  峰と逢っていたことをのだめは知らない ー
 
そのことが
真一の心にのだめを試すようなことをさせ
 
 
「明日花火大会があるらしいけど、もし仕事早く終わったら行くか?」
 
のだめの身体が震えたのことを
包み込んだ腕が真一の頭に教える
 
戸惑いが伝わってくる仕草に
心にドロリと不快な感情が拡がり
 
「あの…マキちゃんたちと行く約束をしちゃったんデス」
 
吐かれた嘘
 
ドロリとしたマイナス感情が爆ぜそうになり
真一は感情を隠すようにのだめから顔を背け
 
「悪い…疲れたからもう寝る」
 
黒い自分を悟られないよう
 
いつも通りのだめの頬にキスをして
努めて優しい手つきでのだめを廊下に出した
 
スリッパが廊下を叩く音
ドアノブが回る金属音
 
扉が閉まる音が耳に届くと同時に
真一は詰めていた息を吐いた
 
何故を頭の中で回転させながら
さっきと同じようにベッドに転がる
 
さっきと同じ体勢でも
心の中のドロドロはさっきと比較できなくて
 
今ののだめが想うのは真一だということ
のだめにとって初めての男は真一だったこと
 
知っている安心を凌駕する勢いで
膨れ続ける知らない事の不安
 
過去にのだめが想った男
 
初めてのだめに触れた男
 
初めてキスした男
 
自分かもしれないけれど
自分じゃないかもしれない
 
自分のことを棚に上げてと我儘な心を真一は嘲ったが
一度胸に巣食った不安が闇に紛れて際限なく拡がる
 
真一の知らない”初めて”の相手
そいつに明日会うかもしれないのだめ
 
「くそっ」
 
真一はベッドマットを拳で叩くと
埃が舞い散る中ぎゅっと目を閉じた
 
眠れないことは判っていたけれど
のだめを思わせる白く輝く無垢な月を見るに堪えなかった
 
***
 
「ふう」
 
仕事を終えた真一は指揮台に腰掛け大きく息を吐き
カタンと立った物音に顔をあげれば団員と目が合い
 
「…っ!!」
 
まるで魔王と対面したような真っ青な顔で
お疲れ様もなく逃げていく後ろ姿に更に自己嫌悪に駆られる
 
100%八つ当たりでしかない練習に自分自身嫌気がさし
怯える団員たちに深く謝罪をして真一は今日の練習を辞めた
 
先ほどの団員の逃げっぷりを見れば十分な謝罪では無かったようで
何をやってもイライラする心の不調に何もする気が起きず
 
「あーーーーー…眠い」
 
フローリングの冷たい床にごろりと横になると
寝不足で頭痛さえし始めた身体の力を抜いた
 
 
ドオンッ
 
ふわふわと夢現の境を漂っていた意識を浮上させたのは
練習を終え開けたままだった窓から聴こえた花火の音
 
立て続けに聴こえる夏の風物詩
 
いつもなら耳を澄ませるのだが
今はその花火が苛立ちでしかな
 
「ふんっ」
 
反動をつけて勢いよく起き上がり
大きなストロークで練習場を横切り窓を閉めた
 
オケの練習場は遮音性が高く
外の喧騒が何も聞こえなくなる
 
窓枠の向こうに見える無音で動く世界
それが古い映画を・・・昔(過去)を思わせる
 
 
Pirurururu Pirurururu
 
「っ!?」
 
無音の世界に突然響いた音
 
真一はびくりと飛び上がり
暗い中で不自然に光る携帯電話に目を向けて
 
「・・・の、だめ?
 
れる平仮名3文字
微かな苛立ちに顔を顰めて通話ボタンを押したが
 
『しん・・・いち、くん』
 
嗚咽混じりの涙声に全ての感情は爆ぜて消え
 
「どうした!?」
 
何があったのか
不安と焦燥だけが真一に残った
 
***
 
「のだめ!!」
 
練習場から走って10分
息を切らして駆け込んだ母校で真一は声をあげるが
 
ドオンッ
 
花火会場に近いせいか
大きな爆発音が真一の声をかき消した
 
「くそっ」
 
ズボンの後ろポケットから携帯電話を取り出し
逸る気持ちで履歴を探っていたとき
 
ドオンッ
 
一際大きく花火の爆ぜる音がして
 
「うきゅっ!」
 
のだめらしい悲鳴が続き
電話を辞めて声の方に向かって走った
 
「のだめっ!」
 
その後何度か聴こえた悲鳴を道標に辿り着き
耳を両手で塞いで縮こまるのだめを見つけ出す
 
「・・・のだめ」
 
花火の音が止んだときを狙って声をかけ
震える肩に手を置けば
 
「っ!」
 
縮こまっていたのだめは顔を上げ
 
「真一くーーーん」
 
100年の恋も冷めそうなぐしゃぐしゃな泣き顔で真一に突進し
涙と鼻水をミックスした液体を遠慮なく真一のYシャツで拭いた
 
「お前・・・」
 
ドオンッ
 
「うきゅ〜〜っ!!」
 
真一の抗議に花火の爆ぜる音が重なり
のだめの奇声が続く
 
昨夜からの不快なドロドロも
さっきまでの焦燥感も
 
すべて吹き飛ばす何とも愉快な三重奏
 
 
「笑い事じゃありませんよ!真一くんのバカァ!!」
 
笑いで震える真一に気付いたのだめは涙混じりに抗議し
バカと連呼しつつも空が光るたびに
 
「うきゅう」
 
奇声をあげて真一にしがみ付く
 
「何でこんなとこにいんだよ」
「練習室が空いてると思ったんデス」
 
「バカ。今日は創立記念日だろうが」
 
創立記念日で大学は休み
更に近くで盛大な花火大会
 
「こんな日に先生や生徒が学校にいるか」
 
真一がそんな感想を漏らせば
まるでその通りと言うように窓枠いっぱいに炎の華が咲く
 
建物の中でも大きく響く爆発音
建物が共鳴しのだめの身体も揃って震える
 
「…お前」
 
小動物のように爆発音に怯えるのだめに
 
「花火が嫌いなのか?」
 
そう訊ねると
小休止でやや落ち着いたのだめが首を縦に振った
 
理由を訊けば幼い頃に近所の悪がきに苛められ
夏になると花火を向けられて怖かったからとか
 
「火焙りの刑とかいってロケット花火を向けられて」
 
あれのどこに火があるんです、と
少し違う論点で怒りながらも暗い夜空が拡がる窓を見る
 
「そんな経験があれば花火なんて嫌いになります」
「成程ねぇ」
 
子どもの頃のトラウマの根深さをもって知っている真一は
よしよし、とのだめを抱きしめる腕に力を込め
 
「そうならそうと、教えてくれれば良かったのに」
 
「・・・虐められていたなんて言いたくなかったんデスよ
「そっか」
 
情けないです、と項垂れるのだめを労わるように
真一が涙で晴れた瞼にキスをすると
 
ドオンッ
 
再び始まった夜空の饗宴に腕の中ののだめが怯えた
 
「むきゃぁ」
 
可笑しな悲鳴を聴きながら
もうやだ、とべそを掻くのだめに真一の庇護欲と
 
「っ!!」
 
腕の中でリズムよく弾み
ふるふると震える温かく柔らかい身体への情欲と
 
「真一くぅん」
 
潤む瞳で甘えるのだめへの独占欲が増し
 
 
「俺以外を感じるな」
 
 
漏れた真一の本音に
 
「・・・え?」
 
のだめが顔を上げると同時に
 
「のだめ・・・」
 
真一は耳を塞ぐのだめの手に自分の手を重ね
軽く角度をつけて薄く開いた唇に深く唇を重ねた
 
***
 
「んっ…」
 
口の中で籠り反響する吐息混じりの声
深く重なる唇の角度が変わるたび立つ水音
 
深いキスに反射的に瞼が閉じて
添えられた両手に耳を塞がれて
 
塞がれた唇の代わりに鼻は呼吸に忙しく
 
視覚と聴覚そして嗅覚を奪われて
のだめに残された味覚と触覚がやけに感覚を増す
 
「ふう・・・・・・・・っん」
 
鼻にかかった甘い声が響き
のだめの理性を融かす
 
真一の舌が歯列をなぞる感触に背筋が粟立ち
縁を結ぶ様に絡められた舌がやけに甘く感じる
 
「あっ」
 
べろりとざらつく舌で首筋を撫でられれば声があがり
漸く赦された呼吸の音が外からの音を遮断するのに
 
「舌を出して」
 
何故か耳に届く真一の声
 
命じられた通りに舌を出せば
いい子だ、と囁かれ
 
ちゅるりと音を立て
真一の口の中に吸い込まれる
 
「・・・っ」
 
チカチカと瞼越しに見える白い閃光
 
それは夜空を彩る花火の爆ぜる光か
それとも自分の快感が爆ぜる感覚か
 
(もう・・・・・・わからない)
 
感じるのは
 
触れ合う身体が発する互いの熱
熱で強まった互いの香り
 
重なった唇の中で熔けて交わる互いの
二人だけの味
 
甘い囁きと
熱い吐息しか聴こえない世界
 
「真一くん・・・」
「・・・のだめ」
 
互いの瞳の中に自分だけが映ることを確認し
二人は同時に目を閉じるとまた深くキスを交わした
 
−END−
 

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【あとがき】
 
まぽ様のリクエストより創作してみました。
悩んで3つボツにして漸く出来た難産型SSです。
 
花火の音に怯えるのは
実はうちの猫たちをモチーフに書きました
 
うちの子達は例えテレビでも花火の音が嫌いです
耳伏せてみんなでくっついて可愛いのです
 
タイトルの『あなただけを』は
サザンオールスターズの『あなただけを 〜Summer Heartbreak〜』を参考に
 
歌の雰囲気に得にラストは合わせてみて作りました
(失恋じゃないですけど・笑)
 
気に入って頂けると嬉しいです
 
naohn
2013.9.3

 

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