花のようなあなたへ

 

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「おはようございます、姫様」
 
故国から共にきた侍女に起こされたアレキサンドラは
寝台から起き上がると伸びをして身体に活力を注いだ
 
「それじゃあ、お姉様のところに行って来るわね」
「姫様、お供を……」
 
自分の教育係でもあった侍女の小言めいた言葉を無視し
逃げ出すような足取りでアレキサンドラは廊下を駆け
  
「アレキサンドラ様?」
 
ユーリ付きの侍女であるハディとぶつかりそうになり
慌てて止まって居住まいを正す
 
「お姉……ユーリ皇妃様は?」
「皇妃様は御自分のお部屋にいらっしゃます」
 
その声に混じる誇らしさにアレキサンドラは微笑む
 
ユーリの立后は彼女たちの夢
その夢はつい半月ほど前に叶ったばかり
 
多くの血と涙を伴ったが
その悦びは宮殿を中心に未だ帝国中に拡がっている
 
「あの……皇妃様、お一人で?」
 
薄っすらほほを染めたアレキサンドラの問い掛けに
ハディは小さく笑って頷く
 
まだ幼さの抜けきれない王女様が
皇帝夫妻の仲睦まじい夜の語らいを邪魔したのは3日前のこと
 
" っ……んっ "
 
朔夜の暗闇から聞こえた声にアレキサンドラは好奇心を駆られ
申し訳程度に衣を纏っただけの絡み合う男女を目撃し
 
" …っ/// "
 
小さく息を呑み
その音に気づき振り返った男と顔が合い
 
" へ……いか?……………え? "
 
いつも毅然としているユーリの
熱情に頬を染め艶めいる女の瞳と目があい
 
" ご…ごめんなさいっ! "
 
ユーリの悲鳴を背中に聞きながら逃げ出した
 
" ごめんね…その…吃驚させちゃったよね/// "
 
翌日なかなかアレキサンドラは部屋から出られなかったが
ユーリがアレキサンドラの元に訪れて
 
公共の場で、と
照れ交じりに笑ってくれたお陰で気まずさは薄れたが
 
「皇帝陛下が未だいらっしゃいますわ」
 
未だカイルと二人きりで
女の顔をしているユーリを見る勇気もなくて
 
「もしよければ庭園をご覧になっては如何でしょうか?」
 
東の国から贈られた花がいま盛りなんです、と
ハディがにっこり笑って庭園を指差すから
 
邪魔してはいけませんしね、と
アレキサンドラは笑って中庭に出た
 
ハディの言う通り庭園の中央には白い花が咲き
少しだけ強い花の香りがアレキサンドラの元まで届く
 
他の追従を許さない存在感で
凛と咲く花にユーリの姿が重なる
 
(お姉様は皇帝陛下の妃)
 
アレキサンドラにとってユーリは憧れの人
 
すっと姿勢を伸ばし意思の強い瞳で前だけを見て
周囲の何者も圧倒する存在感で立つ女神の化身
 
" 姫 "
 
アレキサンドラに向ける笑顔とは違う
女の媚態を目の当たりにして
 
(私も……あと一月もすればジュダ様の元に嫁ぐのだわ)
 
皇弟であるジュダは一ヶ月後にカルケミシュに赴任する
 
" お二人を呼ぶことは出来ないから "
 
カイルは溜まった政務を片付ける必要があるし
皇妃であるユーリは妊娠している
 
そんな二人がカルケミシュに出向くことは出来ない
しかしジュダたちは二人が居ない婚儀を望んでいなかった
 
" ごめんね…忙しくなっちゃって "
 
赴任前に婚儀が行われることになり
宮殿は皇帝に続いての婚儀に慌しさが増している
 
衣装合わせや神殿での禊の合間
アレキサンドラと同じくらい疲れた顔のジュダは謝罪した
 
" いいえ、私は絶対お姉様にご出席していただきたいので "
" 私も、皇帝陛下に見ていただきたいから "
 
微笑みあった二人の間に花の香りが混じった風が舞い
 
二人は同時に足を踏み出し
そっと触れるだけの口付けをして
 
" ご…ごめん/// "
" ……いいえ/// "
 
ジュダの謝罪にアレキサンドラは首を横に振ったものの
真っ赤になった顔を見られたくなくて顔を上げられなくて
 
丁度呼びにきた侍女の言葉に救われて
逃げるようにその場を後にした
 
「私は………ちゃんと役目を果たせるのかしら」
 
皇妃としてカイルの隣に共に立ち
女としてカイルの腕の中で花開くユーリ
 
それに比べると格段と劣る自分
 
「…はあ」
 
アレキサンドラは空に向かってため息を吐くと
少しでも気分を晴らそうと庭園の石畳の上をゆっくり歩く
 
時折すれ違う女官たちがアレキサンドラに気づいて会釈する
 
自国の宮殿よりも心地よく感じてしまう空気
まるでユーリの気性をそのまま映したような後宮
 
庭園の花々も瑞々しく咲き
中央にある人工池にはきれいな水が溜まり陽光が煌く
 
そんな庭園で今が盛りと咲く花
 
茎をぴんっと伸ばして
精錬でありながら艶やかに細い花弁を広げる花
 
" 戦の犠牲になっちゃいけないよ "
 
愚かだった自分に誠実な瞳を向けて諭し
戦いの場に凛として立つ精錬さ
 
" 陛下 "
 
愛する人の腕の中で喜びに輝き
その細い腕を投げかける艶やかさ
 
 
「まるでお姉様みたい」
 
「陛下みたいだ」
 
 
「 ・・・え? 」
 
 
背の高い花たちの向こうから聴こえた声
 
緊張を孕む空気が花の方向に混じって届き
アレキサンドラは誘われるままに背の高い花を迂回し
 
「「 あ 」」
 
同じことを考えていた相手とばったり鉢合わせし
 
「殿下」
「姫」
 
お互いの驚いた目をたっぷり10秒は見つめ
どちらともなく笑いがこみ上げた
 
「どうして此処に?」
 
此方へと招かれてジュダの背後を見れば
そこには二人が腰掛けられるくらいの細長い石があり
 
「良ければどうぞ」
「…これは?」
 
「蜂蜜水。さっきハディが持ってきてくれたんだ」
 
何でカップが二つなのかやっと分かった、と
ジュダは笑って綺麗なカップに水を注いだ
 
 
「殿下は…なぜ此処に?」
「陛下に用事があったんだけどユーリ様がご一緒だから、ね」
 
邪魔したくないからさ、と
いつもより赤みが差した頬に待ち惚け中の時間を問えば
 
「半刻もお待ちなんですか?」
 
驚きを返せば
 
「このところ忙しくて寵妃欠乏症だからね」
 
ジュダは困った様に言っているが
その笑顔は嬉しそうだった
 
良かった、とアレキサンドラは思った
 
ジュダの実母であるナキアは
先日にカルケミシュに送られた
 
カルケミシュにある神殿の一つで蟄居が命じられた
言葉を変えれば永遠の軟禁である
 
" 母がしたことに比べれば…過ぎた温情だよ "
 
息子を帝位に
 
そう思わせた切欠は何であれ
ジュダの存在はナキアの願望に期待を持たせてしまった
 
「…殿下」
 
「大丈夫だよ」
 
呼んだものの何と言っていいか解らずに
俯いたアレキサンドラの頬に触れたジュダは笑いかける
 
「あんまりウジウジしているとまた姫に叩かれる」
 
空いた手でぺチッと自分の頬を叩くジュダに
アレキサンドラは過去の所業を思い出し真っ赤になった
 
「そんな男では姫も安心出来ないだろう?」
 
ジュダは力なく微笑んで
 
「もし僕が陛下ほどの男だったら君の手を煩わせないんだけど」
 
情けない男でごめんね、とジュダは笑い
 
「だから姫にも色々迷惑をかけるだろうけど、宜しく」
 
一緒にがんばろう、と
陽光にその金色の髪を輝かせながら手を差し出したジュダに
 
「・・・・・」
 
「姫・・・?」
 
思いがけず涙が浮かんだ
 
「あの…ごめん、僕…」
 
何か失言したのでは、と慌てたジュダに
アレキサンドラは俯いて首を横に振る
 
遠心力で散った涙に陽光が煌いた
 
「初めて人に必要とされて…嬉しくて」
 
地中海の小国の王女
 
弟のレオは何れ帝位に就くが
女に生まれた自分が出来ることは力のある男の下に嫁ぐこと
 
人質同然の結婚が待っていたはずの未来に居たのは
一緒にがんばろうと言ってくれる男性
 
「私も…お姉…皇妃様のような妃にはなれませんわ」
 
涙を拭ったアレキサンドラはにっこりと笑い
 
「でも私だけはずっとあなたの味方でいます」
「姫」
 
「誰があなたを悪く言おうと、私はあなたを信じてそばに居ます」
 
二人でがんばりましょう、と
アレキサンドラはずっと差し出されたままだった手を両手でとった
 
「姫・・・ありがとう」
 
ジュダは顔をくしゃりと歪めて
繋がれた手に力を込めて細い手を握り返し
 
「「あなたに会えてよかった」」
 
二人同時にささやく様に言葉を紡ぎ
ジュダは未だアレキサンドラの目に残った涙を唇で拭った
 
***
 
「アレキサンドラ姫」
 
お姉様、と呼ばれたユーリは顔を上げ
アレキサンドラの両手が抱えた花束に目を見張った
 
ぴんっと棒のように伸びた茎
まるで中心を包み込むように細い花弁を広げる白い花
 
生まれた世界で見た菊のような花たちが
アレキサンドラの動きに合わせて揺れていた
 
「それは?」
「ジュダ殿下と二人で摘んだのです」
 
ジュダ殿下と、と
嬉しそうに頬を染めるアレキサンドラにユーリも嬉しくなる
 
妹のように思うアレキサンドラ
 
遠くに行くのが寂しい
幸せになって欲しい
 
「安心したわ」
 
ジュダ様が、と
花盗人の物語を聞かせるアレキサンドラの姿にユーリは目を細める
 
「え?」
 
小さなユーリの呟きはアレキサンドラに聴こえないようだったが
ユーリは二度目を口にすることはなかった
 
未来はこの菊によく似た花に似て
幾重にも過去や現在に覆われて未来が守られている
 
無理やりに開いても枯れてしまう繊細な未来
それでもいつか拓いてその世界を見せてくれるから
 
「結婚おめでとう」
 
ユーリに告げられたアレキサンドラは
すぐ先の未来で待つ純白の花嫁の片鱗を見せた
 
 
ー END ー
 
 

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【あとがき】
 
9月9日の重陽の節句にあわせ
菊をモチーフに創ってみました
 
(カイルxユーリじゃなくてすみません…)
 
イメージはSuperflyさんの”愛を込めて花束を”か
福井舞さんの”たった一人の味方”です
 
ちなみにこのイラストは昨日見つけたフリーサイト
My new history (rikoriko様)でDLさせて頂いたものです
 
柔らかいSSを書きたくって
こんなイメージと思ったドンピシャに感動してます
 
皆様もぜひご訪問下さい
 
my new history(rikoriko様)
 
naohn
2013.9.4
 
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