恋人未満の恋七夕

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「…泉田君」
 
神妙な涼子の声に泉田はハッとし
やや後ろで考え込んでいる涼子を見ると
 
「やっぱり恋と仕事のバランスって大事よね」
「は?」
 
「さっきから考えていたんだけどさ」
 
うん、と涼子は満足そうに頷き
はあ、と泉田は溜息を吐いて元の姿勢に戻った
 
何を下らないことを、と
語る泉田の背中に涼子は一切構うことなく
 
「織姫みたいに恋が全てって生き方もどうかと思うし」
「はあ」
 
「でも仕事三昧で女の潤いが無い人生もどうかと思うのよ」
「はあ」
 
「身近な例だとお由紀ね、愉しくなさそうな人生だし」
「…御二人の”愉しみ”の基準は異なるのではないでしょうか」
 
「…どうしてここは『はあ』じゃ無いわけ?」
 
泉田の反応を気に入らなかった涼子はムッとし
泉田は曖昧な笑いで誤魔化し明言を避けた
 
「まあ…いいわ」
 
もう少し突きたい気持ちがあったが
突いて変なものが飛び出てくるのは涼子の願わぬこと
 
剣を抜いたが切らずに終えた感があるが
致し方なし、と涼子は引く際まで下がり
 
「やっぱり何かに過ぎることって良くないのよ」
「肉料理ばかり食べてると身体に悪いですからね」
 
出来れば”はあ”で済ませたかったが
同じ轍を踏むと更に面倒臭くなるに違いなくて
 
「気が付いたらメタボですね」
 
「…もしかして泉田君も?」
「違いますから」
 
微妙に語調が強くなったことを自覚するが
メタボは禿げと同等で男のプライドを刺激される言葉
 
「岸本と一緒にしないで下さい」
「あー、岸本。レオコンでメタボって嫌ねぇ」
 
「レオコン一つで十分嫌ですが」
「泉田君って岸本には容赦ないわよね」
 
呆れたように涼子は頬杖を付き
 
「岸本には立つ瀬も浮かぶ瀬も作らないんだから」
「瀬なんて作ったらここぞと渡ってきそうなので」
 
「日頃は根性無いのにね」
 
可笑しそうに涼子がケラケラと笑うと
 
「あ、のぉ……今って作戦実行中ですよね?」
 
泉田と涼子が隠れる同じ暗がりから
貝塚が申し訳無さ気な声で割り込んだ
 
「大丈夫よ、作戦って言ったって後方待機なんだし」
 
気楽なものよ、と涼子はにっこり笑うが
 
(よくお涼が後方待機で良しとしているよな)
 
上司の性格をある程度把握している泉田は
現状の不思議に首を傾げた
 
把握しているある程度に涼子の恋心が入らないのは
鈍感な泉田の残念なところという評は別の話
 
「あのボンクラの作戦が上手くいく筈無いじゃない?」
「…声に出てました?」
 
「顔に出てた」
 
涼子がにっこりと笑うと
泉田は小さく息を呑み
 
「お二人っていつもこうなんですかぁ?」
 
貝塚のあきれたような声に
傍にいた阿部も同意しかけて慌てた
 
「こうって?」
「泉田君」
 
首をかしげる泉田にこちらを向かせ
 
しまった、という顔をする貝塚に
涼子は目で合図する
 
「この作戦は絶対失敗するわけよ」
「そこまで言い切りますか」
 
一瞬沸いた興味は呆れへと変わり
 
「それなら彼に別の提案をしたら如何ですか?」
「何で?」
 
面白くないじゃない、と
涼子はにっこり笑い
 
「真の役者は請われてから壇上に上がらないと」
 
ガツガツするのは性に合わないの、と
涼子はウインクした
 
(収集がつかなくなった状態で登場ってこと、か?)
 
「慣れてるでしょ?」
 
涼子の声に泉田はぎくりとし
 
「声に…」
「だから顔に出てる…」
 
ドカンッ
 
涼子の声に被さるように聞こえた爆発音
咄嗟に涼子と貝塚を泉田と阿部は庇った
 
「あーあ…やっぱり怒らせちゃった」
 
泉田の影から抜け出た涼子は
風の音に耳を澄ませ
 
連続した爆発音に混じって聴こえる
ヒステリーの極致の様な女性の喚く声に呆れる
 
「だから彼女を説得するなんて無理な話だったのよ」
 
氷の叡智
 
キマイラを生み出す彼女の能力を惜しみ
警察上層部は彼女の自首を求めたが
 
「キマイラは彼女にとっての子どもなのよ」
「その子どもを容赦無く葬りましたからね」
 
赦されないですよね、と泉田が涼子を見れば
君もでしょ、と涼子は泉田を睨み
 
「キマイラが容赦してくれるなら私だって温情を出すわよ」
「情は水道の様に出したり止めたりするものでは」
 
「根性で出来るわよ」
「あなたの場合出来そうだから怖い…逃げろっ!」
 
泉田の言葉に四人は同時に散り
涼子独りになった状態に泉田は舌打ちをし
 
「警視っ」
 
戻ろうとした足元を数センチ先で爆発が起きた
 
ビキビキッと音がしてアスファルトに罅が入り
傷ついた水道管から水が噴き上がった
 
「警視、お怪我は?」
「大丈夫…っ」
 
ドカンッ
 
「警視!!」
 
涼子の傍で地面が爆ぜる
涼子は口に入ってきた砂利を行儀悪く吐いた
 
(…向こうに渡るのは難しそうね)
 
「まるで天の川でしょ」
 
その天の川を睨み付けていた涼子は
降ってきた声にハッとして上を見た
 
そこには白衣を身に着けた女が立っていた
  
「離れ離れになるのはどういう気持ち?」
 
爆風に髪を乱されながらも
涼子はいつもと同じ勝気な瞳を向ける
 
「離れ離れ…ね」
 
工場の配水管のため水の勢いは強く
爆風と水しぶきで涼子からは対岸が見えなかった
 
「ではあんたが天帝ってわけ?」
「そう、生物を生み出すことが出来る私は神」
 
「自分の命もどうこうできないのに?」
 
涼子は少しだけ視線を下げて
真っ赤に染まった女の腹部を見る
 
「自分が仕掛けた武器で怪我をするなんて馬鹿ね」
「全てが終わったらこうするつもりだったから」
 
判っていたことでしょう、と
女はもう用が無くなった起爆装置を投げ捨てた
 
「あなたはとても美しいわ、まるで白鳥の様」
 
白く長いスカーフは涼子の周りで優美に舞い
涼子の羽織ったレースの上着が風に棚引く
 
「白鳥は二人を合わせてくれる鳥」
 
よくあの人が言っていたわ、と
彼女はにこりと笑う
 
「本当だったのね」 
 
「私はあなたと心中する気は一切ないんだけど?」
 
「大丈夫、一瞬のことだから怖くないわ」
 
あなたはこの為に生まれたの、と
女は淵に立ち
 
「あなたに彦星は来ないわ…諦めなさい
 
狂気に満ちた瞳で女は笑って宙に舞ったが
次の瞬間に女の瞳は驚きに見開かれた
 
ヒュンッと風を切る音と
水しぶきを抜けて飛来する影
 
「ま…さか」
「私の彦星はね」
 
涼子はにっと笑って
 
「私の為ならいつでも川を渡ってくれるのよ」
 
白鳥に頼ったりしないの、と
涼子は勝利に満ちた笑みを見せると
 
「泉田君!」
 
ハイヒールを鳴らして川に向かって飛び
 
「警視!」
 
倒壊した建物から垂れるワイヤーロープを掴み
振り子の様に窮地に現れた泉田の手に捕まる
 
「ナイス・タイミング」
 
痛いほど腰に食い込む泉田の腕に命を預け
宙を回る遠心力に耐えるため泉田の首に腕を回した
 
「ふう」
 
無事に四本の足は岸に着き涼子は対岸を見て
煙の中で地面に横たわる女を見た
 
女は炎の中で最期を迎えるつもりだったのか
爆発音は大きくなっていて
 
「警視、長いは無用です。行きましょう」
「…先に行ってて。すぐに行くから」
 
涼子の言葉に泉田は咎めるような目を向けたが
涼子の瞳に宿る意志の強さに諦めの溜息を吐いた
 
「白鳥の助けも無く川を渡るのはもう御免ですよ?」
「薄情な部下だこと」
 
ワイヤーが食い込む泉田の手を涼子は見て
感謝するわ、と言って泉田を送り出した
 
火災の煙が爆焔に変わる
 
「私はあなたに同情しないわ」
 
死んだ女に聞こえるとは思っていない
ただ心の澱を取り除きたかっただけ
 
女は遺伝子工学の才能があり
その才能に目をつけられ彼女の恋人は殺された
 
「あなたの男は弱かった、そこがあなたの失敗」
 
彼女は男を殺した者たちに下った振りをし
恋人と自分の遺伝子を継ぐキマイラを次々と作った
 
キマイラが殺したのは
女の恋人を殺した者たち
 
「私はそんな愚を犯さない、だから強い男を選ぶ」
 
自分を守り
涼子も守れるような男
 
それが涼子が求める理想の男
 
「自分の人生を他人の復讐の為に使うつもりはないわ」
 
そして使わせない男を選んだ
 
「絶対に手に入れて見せるわ」
 
 
 どんな手を使ってもね、と
涼子はウインクして
 
手向けよ…せめて一度でもあなたの男に会えます様に」
 
罪を犯したものは地獄に堕ちるという
 
女の行く末は決まっているが
女のもとに男が来てくれることを祈って
 
涼子は首から白いスカーフを外して宙に投げると
スカーフは鳥の羽の様に舞い闇色の空に溶けた
 
ー END ー
 

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【あとがき】
 
人魚姫の物語もそうですが
切ない物語はついIFを考えてしまいます
 
この二人なら黙って引き離されていないだろうな、と
まだ片恋状態のSSですが自然とそれが浮かびました
 
イメージは♪プラネタリウム(大塚愛)♪です
 
七夕が晴れますように
 
naohn
2013.7.5
 

 プラネタリウムは名曲だと思います

 花より男子のドラマ版は嫌いじゃありません

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